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東京高等裁判所 昭和38年(ネ)393号 判決 1964年5月20日

理由

被控訴人が東京穀物取引所、東京繊維商品取引所、東京ゴム取引所、東京砂糖取引所の会員であり、商品仲買人登録簿に登録された商品仲買人であること、及び控訴人がその主張のとおり四回にわたり商品取引の委託証拠金として合計三十六万五千円を被控訴人に預託したことは当事者間に争がない。

ところで被控訴人は控訴人は智沢糺こと遅沢清司を代理人として被控訴人に対し、人絹糸、黒糖、穀物、ゴムの先物取引を委託し、被控訴人は右委託に基き右の如き商品の先物取引を行つたと主張し、控訴人は遅沢清司の息子遅沢糺を代理人に指定したことはあるが、清司を代理人に指定したことはなく、そして被控訴人主張のような取引を委託した事実はないと抗争するので、この点について考えるに、成立に争のない甲第七号証(「取引開始に当り名簿及代理人指定の通告」と題する書面)には控訴人が代理人とした指定した者の氏名として智沢糺と記載されているところ、原審並びに当審における控訴本人の尋問の結果によると、控訴人は遅沢清司及び同ヨシの息子遅沢糺の友人であつて遅沢家に出入するうち、清司より「被控訴会社の関係会社に勤務する糺の顔が立つよう応援してくれ」と商品取引を勧められ、前記の如き書面(甲第七号証)に捺印すると共にその後四回に亘り前記証拠金を預託したことが認められるのであるが、控訴本人の当審における供述によると遅沢糺は遅沢なる姓を嫌つて智沢糺なる通称を用いることもあつたというのであつて、その点からすると控訴人は遅沢糺を代理人に指定したものと認められるようでもあるが、右本人の供述並びに本件口頭弁論の全趣旨によれば糺は商品取引所には何らの知識も有せず本件取引には少しも関与していなかつたことが明らかであり、右の事実と弁論の全趣旨とを総合すれば、前記書面に記載された智沢糺とは結局において遅沢清司を指すものと認めるのが相当である。ところで被控訴人が自ら主張するところによると、遅沢ヨシは被控訴会社の宇都宮出張所の名義上の登録外務員であつたが、実質上の外務行為は遅沢清司が行つていたというのであり、そして原審証人村田正三の証言(第一回)及び原審証人遅沢ヨシ及び同遅沢清司の証言の各一部、右清司の証言によつて成立の認められる乙第五及び第六号証並びに弁論の全趣旨によると、被控訴会社は遅沢清司より外務員として採用して貰いたいとの申込を受けたが、同人は詐欺、横領等の刑事事件をひきおこしていたため、これを採用するに際し妻のヨシを名義上の外務員として、実際には清司を外務員として同人に商品取引の顧客を勧誘し被控訴会社を代理して取引の委託や証拠金の預託を受ける権限を与えていたものと認められ、前記遅沢ヨシ及び遅沢清司の各証言中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。そして原審並びに当審における控訴本人の尋問の結果によれば、清司は控訴人に対して「取引にはなるべく多く証拠金を出しておいた方がよい」と申向けて四回に亘り前記証拠金を預託せしめたのみで、控訴人は何ら具体的な商品取引を委託した事実はなく、本件の取引委託はすべて代理人である遅沢清司の意思決定に基きなされたものであつて、清司は取引の事実を控訴人に報告したことすらもなかつたことが認められ、右認定に反する原審証人遅沢ヨシ及び同遅沢清司の各証言はたやすく措信することができず、他にも右認定を覆すに足りる証拠はない。

してみれば遅沢清司は被控訴会社と控訴人の双方を代理し、自己の一個の意思で両者間の取引委託契約を作出してきたものというほかはないから、右委託契約は民法第百八条に違反し無効たるを免れず、従つて被控訴人は右無効の委託契約に基きなされた商品の売買契約の効果を控訴人に帰せしめるに由ないものといわなければならない。よつて、その余の争点について判断するまでもなく、被控訴人の控訴人に対し被控訴人主張の取引による損失と利益の差額並びに手数料の支払を求める請求は理由がなく、他方被控訴人は控訴人に対して預託を受けた委託証拠金を請求あり次第返還する義務があり、従つて控訴人の被控訴人に対する請求は金三十六万五千円及びこれに対する訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和三十五年十月十八日から支払ずみとなるまで商法所定の範囲内である年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当である、その余の請求は失当である。

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